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初花凛々
第32章 例えるならば薔薇
「広報の橘さくらです。よろしくお願いします」
その子の名前は、その日初めて知った。
薔薇じゃないんだ……と凛は思った。
さくらは初め、卓の端っこに立っていた。麻耶に話しかけるでもなく、目を合わすでもなく。避けるかのように。
麻耶もまた、さくらに話しかけたりしない。
不自然なほどに避けあっているような、そんな二人のことを凛は気にしつつ____
「胡桃沢さん、あれ取って」
「あ、はい」
「水割り73でー」
「かしこまりました」
営業の注文に徹した。営業の面々は普段、接待の際気を揉みまくって相手方に徹するため、時には我儘したいなどと言っていた。
「おまえら自分でやれよ」
麻耶が言い、凛からマドラーとグラスを奪った。
「ちょっ、なにこれ!須田っち!」
「美味いだろ」
「19じゃねえかよ!うっすいわ!」
麻耶は野村に薄い焼酎を作ったらしい。うすいうすいと言いながら飲む野村のことを、悪戯が成功した子どものような顔で麻耶は笑って見ていた。
「胡桃沢さーん」
「はいっ」
「これも美味しいよ?」
などと言い、今度は小松が凛にグラスを差し出した。カルピス酎だという。
「凛ちゃんはカルピス飲みませーん」
麻耶は小松のグラスを退け、凛にウーロン茶を手渡した。
「……麻耶」
「メガネに油断してんじゃねぇ」
もしかして、それで不機嫌だったのかと凛は思った。
凛が優と連れ立って現れて、それで。小松とも笑い合っていたし。
「麻耶……もしかして」
「なんだよ」
「英語で言うジェラシーとかいう類の」
「横文字にすんな」
麻耶は認めた。日本語で言う、嫉妬だ、と。
嫉妬という単語は自分に縁がないと思っていた。
それも他でもない、麻耶の口から言われるなんて。
凛は感動した。
感動して思わずまた、満面の笑みを咲かせてしまう。
「……なに笑ってんの」
「ごめん、麻耶可愛いよ」
また、男性に向かって可愛いと言ってしまった凛。けれども可愛いのだから、仕方がないと凛は開き直った。
「ふふ、麻耶、好き!」
今度こそ凛は失言したかもしれない。
麻耶以外誰も聞いていないと思われたその台詞を、ジッと耳を澄まして聞いている者の存在に、幸せの虹の中にいる凛は気付かない。
その子の名前は、その日初めて知った。
薔薇じゃないんだ……と凛は思った。
さくらは初め、卓の端っこに立っていた。麻耶に話しかけるでもなく、目を合わすでもなく。避けるかのように。
麻耶もまた、さくらに話しかけたりしない。
不自然なほどに避けあっているような、そんな二人のことを凛は気にしつつ____
「胡桃沢さん、あれ取って」
「あ、はい」
「水割り73でー」
「かしこまりました」
営業の注文に徹した。営業の面々は普段、接待の際気を揉みまくって相手方に徹するため、時には我儘したいなどと言っていた。
「おまえら自分でやれよ」
麻耶が言い、凛からマドラーとグラスを奪った。
「ちょっ、なにこれ!須田っち!」
「美味いだろ」
「19じゃねえかよ!うっすいわ!」
麻耶は野村に薄い焼酎を作ったらしい。うすいうすいと言いながら飲む野村のことを、悪戯が成功した子どものような顔で麻耶は笑って見ていた。
「胡桃沢さーん」
「はいっ」
「これも美味しいよ?」
などと言い、今度は小松が凛にグラスを差し出した。カルピス酎だという。
「凛ちゃんはカルピス飲みませーん」
麻耶は小松のグラスを退け、凛にウーロン茶を手渡した。
「……麻耶」
「メガネに油断してんじゃねぇ」
もしかして、それで不機嫌だったのかと凛は思った。
凛が優と連れ立って現れて、それで。小松とも笑い合っていたし。
「麻耶……もしかして」
「なんだよ」
「英語で言うジェラシーとかいう類の」
「横文字にすんな」
麻耶は認めた。日本語で言う、嫉妬だ、と。
嫉妬という単語は自分に縁がないと思っていた。
それも他でもない、麻耶の口から言われるなんて。
凛は感動した。
感動して思わずまた、満面の笑みを咲かせてしまう。
「……なに笑ってんの」
「ごめん、麻耶可愛いよ」
また、男性に向かって可愛いと言ってしまった凛。けれども可愛いのだから、仕方がないと凛は開き直った。
「ふふ、麻耶、好き!」
今度こそ凛は失言したかもしれない。
麻耶以外誰も聞いていないと思われたその台詞を、ジッと耳を澄まして聞いている者の存在に、幸せの虹の中にいる凛は気付かない。