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初花凛々
第33章 茜さす
数日後の昼休み、凛は新山と社食にいた。


すると背後から聞こえてきた会話に、凛は耳を傾けざるを得なくなった。


"えー、あの人なの?"


という、囁き声が聞こえたから。


まさか自分のこととは思わなかったが、その後に続いた言葉により、凛は自分のことを言われていると気付いた。


"須田っちの彼女?"

"まさかでしょ"

"えー、でも。同じマンションから出てきた所見た人いるって"

"なんであの人なんだろう"


その声の主たちは、納得がいかないようだった。


明らかな悪口を耳に受けて、凛はどう反応したらいいのか、わからずにいた。


隣に座る新山もそれは感じていたようで、凛と二人、無言に包まれていた。





「凛」


なんというバッドタイミング。


黙りこくった凛と新山の前に麻耶が現れた。


「あのさ、今日_____ 」


言いかけた麻耶に被せるように、凛は「今日は残業なの」と言った。顔も上げずに、下を向いたまま。


「そうなの?」

「うん」


本当は残業なんかない。けれど凛の悪口を言う人達が、すぐそこにいる。そう思うと、凛は麻耶とこうして話すことさえ、火種になるのかと怖くなった。


「じゃあ、終わったらうちに来てよ」


そんな凛を知ってか知らずか、麻耶は続ける。


「今日は俺が作るから」

「え?」

「夕飯」


意外な言葉が飛び出して、凛は顔を上げた。


「麻耶が?作れるの?」

「また腕上げたから、俺」

「自分で言う〜?」

「ね、だからさ。来て」

「……うん、わかった」

「食いたいもんリクエストして。なんでも作れるから」



悪口を言われるのは、誰だって嫌だ。


けれども、それを怖がって麻耶との時間を無くすのはもっと嫌だ。


「麻耶!」


立ち去る麻耶の背中に、凛は声をかけた。それも社食に響き渡るくらいの大きな声で。


「ありがとう!麻耶!」


そんな凛にまた、麻耶も笑う。


凛の発見した、えくぼを浮かべながら。







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