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初花凛々
第33章 茜さす
その日の夜。


凛は約束通り、麻耶の家へと向かった。


「意外と早かったね」

「え?」

「残業」

「あ、うん」


そういえばそんな嘘を吐いたことも、凛はすっかり忘れ、定時であがり、足早に麻耶の家へとやってきた。


「ごめん、あれ、嘘なの」

「嘘?」

「麻耶って、本当モテるよね」

「はい?」

「でも、負けないんだから」

「話が全く見えない」


訳のわからないことを並べる凛。けれども麻耶も、そんな凛に慣れている。


とりあえず風呂にでも入れと、凛を促した。


「本当に作れるの!?」

「任しとけ」


結局凛は迷いに迷って、メニューは麻耶にお任せした。


そして今、この部屋にはトマトソースの香りが広がっているし。何かが壊れるような物騒な物音もしない。


「じゃあ、悪いけどお風呂入らせてもらっちゃおうかな」

「ごゆっくりどーぞ」


凛はまるで自分の家並みに使い慣れてきた麻耶の部屋のバスルームに入る。


レバーを押し、熱いシャワーを浴びる。


わざわざ持ってこなくてもいいと麻耶は言い、今ではお風呂セットも持たずに凛は麻耶の部屋を訪れる。


麻耶のバスルームには、凛の愛用しているシャンプーもボディソープも、全て揃っているから。


いつのまにか、歯ブラシまで用意されていたのには凛も思わず笑ってしまった。








「うわ!すごーい!!」


風呂を終えてリビングへ行くと、テーブルに並べられていたのはナポリタン。そしてシーザーサラダ温玉のせ。


「ひゃ〜っ!麻耶!星3つ!」

「食ってから言って」


チューボーですよの真似をする凛に麻耶は笑って、ワインまで引っ張り出してきた。


「えっ、これ!あのワイナリーのやつじゃん」

「お取り寄せってやつ」


凛好きでしょ、と、白のスパークリング"お姫様のシャルドネ"を手に取り凛のグラスに注いだ。


ふわりと、マスカットの甘い香りが鼻を擽る。しゅわしゅわ、優しい音が耳に届いた。


「うんまっ!」


麻耶特製ナポリタンを口に運び、相変わらずセンスのない感想が凛の口から飛び出した。


「だろ」


得意げに笑う麻耶の頬にはまた、えくぼが浮かべられている。


美味しくて、凛は口に運ぶ手が止まらなかった。



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