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初花凛々
第42章 桜色の川で
入社式が行われる最上階では、大きな窓から都内を一望出来る。新年の時のようにパーテーションも全て取り払われ、だだっ広いフロアが社員たちを迎え入れてくれた。


騒然とパイプ椅子が並び、正面には黒板ほどの大きさのモニターがある。


凛は人事部の列に並び、今日挨拶に訪れるお偉さんの登場をぼうっとしながら待っていた。会場内は、こんなにも人がいるのに騒がしくなく。


それぞれが緊張に包まれてるせいか、空気が若干張り詰めている気がした。


これもまた新年度特有の、春の気配。


真新しいスーツから香るクリーニングの匂い。


これは春の季語になるんじゃないかと、凛はぼんやりと思った。




長い挨拶が終わり、新入社員のみがその場へと残され、他は会場をあとにする。


時刻は午前10時を回ったばかり。


各々、通常の業務へと切り替わる。


凛はパッと席を立ち、出口へ向かって歩いた。


「あのっ」


その途中にまた、声をかけられた。


_____あ、さっきの


先ほど凛のヘアピンを拾ってくれた男性が、パイプ椅子から腰を半分浮かせた状態で立っていた。


_____やっぱり新入社員さんだったんだ


凛は軽く会釈をして、その場を通り過ぎた。


その時。


「胡桃沢さん、ですよね。人事部の」

「へっ?」


彼は凛の腕を掴んで、そう言った。


この人は何を言っているのかと。なぜ自分の苗字を知っているのかと。凛は目を丸くさせた。


「あ……、やはり覚えて……ないですよね」


彼は残念そうな声を出しながらも、完全に立ち上がった。


「……もしかして、面接で私と当たりましたか?」


面接官を担っていた凛と出くわしていたなら、話は繋がる。


けれども彼は、首を横に振った。


「違うんです」


何かを凛に伝えようとするが、ふと周囲の視線に気付き、彼は顔をかあっと赤くさせた。


それもそのはず、入社式を終えたばかりの会場は未だもって静かなまま。


その中で、彼の立ち振る舞いは目立ち過ぎていることに、今更ながら気が付いた。

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