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初花凛々
第42章 桜色の川で
気持ちは焦るものの、そう簡単に早退なんか出来ない。


ましてや、プライベートな理由だから。


まだかまだかと思いながら、ようやく18時。


今日は意味もなく右往左往していた気がする、と思いながら凛はフロアを飛び出した。


エレベーターなんか焦ったくて到着を待っていられない凛は、非常階段を駆け下りた。


「胡桃沢さん!」


非常階段を下りきってロビーを抜けたところで、まるでエントランス全体に響き渡るほどの大きな声で名を呼ばれた。


その声に振り返った凛は、またあなたなの、と思った。


「俺っ、あの、営業部に配属されたんですっ」

「そうなんだ」


だからどうしたのと、凛らしくもない塩対応。


_____だって、急いでいるから仕方ない。


凛は心の中で言い訳をしながら、早足で歩いた。


「あの時、公園で!白いハンカチの!」


背中にそんな声を受けながら、凛は今度は、駆け足で会社の自動ドアを通過した。

















「麻耶っ!」


麻耶の部屋に着いたのは、18時45分。


途中、スーパーで買い物をして、凛は両手に袋を抱えていた。


部屋の中から出てきた麻耶は、髭が伸びていた。


髪もセットされていない、寝起きの状態。


コンタクトもしていなくて、今日は眼鏡姿だった。


_____見惚れてる場合じゃない。


弱ってる麻耶も素敵、だなんて。少し浮かれたことを反省しながら、凛はスーパーの袋から取り出したものを冷蔵庫へ入れて行く。


「熱計った?」

「体温計がない」

「だと思って、買ってきたんだ」


凛は体温計を麻耶に差し出すも、「計って」と、麻耶はベッドに横たわったまま動かない。計る気がないみたいだ。


「もう」


と言いながらも、甘えてくる麻耶のことを可愛いと思う。


体温計を挟む為に身体に触れると、麻耶の身体はお日様みたいに熱い。


「ひゃあっ、39.5!?」

「……高いね〜」

「朝より上がってんじゃん!」


病院すら行く気もない、というか行ける気がしないと麻耶は言った。


食べても気持ち悪くて、朝に食パンをかじってから何も口にしていないと言う。


懐かしき牡蠣事件のことを凛は思い出しながら、麻耶の額に冷たく絞ったタオルを乗せた。
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