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初花凛々
第10章 雲の峰
麻耶の嘘偽りない言葉は、頑なに片意地を張る凛の心にも優しく染み渡った。


長く凍てついた劣等感を、手の温もりでそっと包み込み溶かしてゆくような_____














力強い夏雲が空に立ち登ったその日、凛は会社の給湯室にいた。


部の全員分のコーヒーカップを並べ、ひとつひとつ丁寧にお茶やコーヒーを淹れていた時。


「胡桃沢さん、ちょっといい?」


その声に振り返ると、そこに立っていたのは営業部の如月さん。


まるで白雪姫のような、儚げな美しさのその人とは、凛はこれまでに接点を持ったことがなかった。


それなのにどうしていきなり話しかけられたのか。



_____私になんの用事だろう?


不思議に思う凛に、如月は強い口調で言った。


「あんた直樹のなんなの?」


一瞬頭が真っ白になり、理解するまでに時間がかかった。


「泊まりで出かけたって噂があるんだけど」


続く言葉により、凛もようやく如月の言わんとしていることを理解した。


きっとこの人は、西嶋の恋人か何かだろうということが。恋人とは違っても、想いを寄せているのだろう。如月の言葉から、それは安易に読み取れた。


「……私は何も……」


否定する凛に、如月は言葉をかぶせる。


「SEXでもした?しないわけないか。直樹ってすごく手が早いもんね」


_____SEX。


その言葉に、凛の心臓がドクンと音を立て、跳ねる。


あの日の_____闇に浮かぶ椿の淫靡な姿と声が、凛の頭を過る。


「……そんなこと、してません」

「嘘、あいつがやらないわけない」

「本当です!」


凛は思わず、語尾が強くなる。


確かに西嶋はSEXをしていた。_____ただし、それは凛ではなく、椿と。


「……そう」

「私たちはそんなんじゃないです」

「じゃあきっと、あなたに興味がないんだ、直樹は」


あぁ良かったと、如月は安堵のため息をついた。


_____そんなこと、あなたに言われなくても私だってわかってる。


如月は、凛のことを"高嶺の花気取り"だと陰口を叩く一人。


凛の和らぎかけていた心の闇は、如月の言葉によって、更に深く、暗くなってゆく_____



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