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瞳で抱きしめて
第5章 新生活
「ただいま」


来客が誰もいないことを外側から確認すると、店のドアを開けそう声をかける。


カウンターの内側で向こう側を向き読書していたらしい彼女が顔を上げた。


「おかえり、光」


「何か手伝いある?」


「大丈夫。今一段落したところ。貰い物のカステラあるけど、食べる?」


「うん」



あの日。

告白した日から、樹理さんの俺に対する態度はほぼ変わらない。

突然ぎくしゃくして気まずくなるのを一番恐れていた俺としてはこれで良かったと安堵したのだが、やはり意識されてないのではと気にもなってしまう。



だから、二人きりで、今みたいにふと心配になったときに、歯止めがきかなくなるのだ。



「…こら」



カステラを切り分けていた樹理さんの手が止まる。



「あぶないから」



背後から包み込むようにして抱き締めた俺の腕を、静かにほどこうとする。



「少しだけ」


抱き締める腕に力を入れて、癖のない綺麗な黒髪にキスをした。
ほのかに良い香りが漂い、俺の鼻孔を擽る。

腕を離して樹理さんを覗きこむ。


微かに頬を赤らめているのを確認して、俺はいつも嬉しくなるのだった。


ちゃんと異性として意識してくれていると分かるから。



「樹理さん、好き」



「…ありがとう」



繰り返される「好き」という言葉には、「ありがとう」と返される。

早く「私も」という言葉を聞きたいのだが。



「はい。どうぞ」


「ありがと。今日は真理さんと雄介さんは?」


「真理はサークルがあるから21時過ぎかな。雄介は今日何もないみたいだから、きっと真理を迎えに行って一緒に帰ってくるよ」


時計を確認する。


まだ店を閉めるまで三時間はあった。



「俺夕飯作っとくよ。店閉めたら散歩にいかない?」



樹理さんは返事の代わりに微笑んだ。

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