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私立S学園高等部
第5章 初恋
「僕、特に夢とか無いから…。書けないんです…。」
でも正直、全く書ける気がしなかった。
「夢、無いの?」
しゃくりあげながら頷いた。
「阿部君は恐らくこの学校で高等部まで行くよね?」
「はい…。」
それはそうだろうな。このまま全寮制のこの学校の高等部まで進学するだろうな。
「どんな高校生になりたい?」
そう聞かれても特に浮かばなかった。
「イケメンになりたいとかモテたいとか?」
浮かんだのははるか先生にもっと近付きたい、だったけどそんなの言えない。
俺が黙り込んでいるとはるか先生は質問を変えた。
「将来行きたい大学とか無いの?」
大学…。
「東大か京大に行きたい。」
はるか先生は少し驚いた顔をした。
「どうして東大か京大に行きたいの?」
「東京か京都に行きたいから。」
「東京か京都に行きたいの?」
「うん。東京にはお父さんがいるし京都には祖父ちゃん祖母ちゃんがいるから。」
一応普段は先生の前ではちゃんと『父』『祖父』『祖母』と言える子供だったんだけどその時はそこまで余裕無かった。
「東京や京都に行けるのなら東大や京大以外の大学でも良いのかな?」
「うん。亡くなったお母さんは東大出身でお父さんは京大出身だけど僕が行けるかは別の問題だし、お父さんか祖父ちゃん祖母ちゃんと一緒に住めるのなら別に大学でもなんでもいい。」
「じゃあ阿部君の夢は『お父さんかお祖父さん、お祖母さんと一緒に住む』ってことじゃないの?」
「え…。それは『夢』なの?」
「それで文章書いてみたらどうかな?」
夢って将来こんな仕事をしたいとかそういうもんだと思ってたけど…。
「阿部君ってご家族の事が大好きなのね?」
首を思い切り縦に振った。
「うん、好きです。」
はるか先生は優しい笑顔でこう言った。
「家族の事が好きで一緒にいたいってことを書いてみたら書けるんじゃないかな?」

他に書けるアプローチが無いからはるか先生のアドバイス通り家族の事を書いた。

次の日の発表。
他の皆が海外に留学して世界で仕事したいとかお医者さんになって病気の人を助けたいとか書いている中、俺は家族が好きだけど離れているからいつかは一緒に住みたい、という内容の文章を発表した。

「当時から『甘えん坊将軍』だったのね。」
「『甘えん坊将軍』!?」
はぁ?俺、樹理にそう思われてるの!?
樹理は「あ、言っちゃった」って顔をしている。
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