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口琴
第3章 鬼ヶ島の舘
革張りのシートの独特の匂いと、タバコの匂い…それにこれから自分の身に起こる事への恐怖に、激しい吐き気を催した。

「ゲホッ!ウェ~ッ!ウップッ…!」

もうヤダ…助けて…助けて…

身を屈め、震えながら祈るその小さな躰に忍び寄る大きな手。

「おやおや?大丈夫かな?蕾ちゃん…車に酔っちゃった?」

艶やかな長い黒髪をスルスルと撫でる。

「ッ!…ヤダッ!触んないでっ!」

身をよじり、小さな手で大きな男の手を思いっきり振り払った。

「チッ!生意気なガキだ!まぁいいさ…。これからそんな抵抗ができなくなるくらいヨガられてやるからな?フッフッ…」

日はすっかり落ち、夜の帳が降りる。

どれくらいの時間が経っていたのだろう…。蕾にはとてつもなく長く感じた。

怖い…助けて…

また、この前と同じ事をされる…。

それだけじゃないかも知れない…。殺されちゃうかも…。

最近では、少女が誘拐され、殺害されるというニュースが多いのも知っている。

学校の先生からも「知らない人には絶対についていかないように」など何度も注意を受けていた。

『不審な人を見かけたり、怖い目に遭いそうになったときは、お家の人に言い、すぐに警察に通報するように』と…。

しかし、自分の場合、親自身がこの悪事に加担している。

それに誘拐とは違う。実際に家には帰れているから。でも、逃げることができない…。どうして…。

蕾の頭の中は混乱し、恐怖の震えと吐き気は治まらなかった。

やがて、蕾を乗せた黒いセダンは、小高い丘を緩やかに登り、閑静な高級住宅街へと辿り着いた。

そこに、ひと際目を惹く重厚な檜の門戸があり、太い門柱には、『中條』と書かれた分厚い表札…。
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