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口琴
第6章 初恋
ここでつっ立っていても仕方ない…。

ピンポーン…ピンポーン…

……………………

…誰もいない…?

ピンポーン…ピンポーン…

ガチャッ…

やっとドアが細く開いた。

ドアの隙間から、不機嫌そうな顔で敬介が顔を覗かせ、蕾を見下ろす。

「…ただいま…」

敬介は蕾を厄介者のように見ると、渋々ドアを開いた。

「…チッ…なんだよ…もう帰ってきたのかよ」

上半身は裸、ベージュのチノパンはボタンを外し、だらしない姿で、ポリポリと体を掻きながら怠そうに言う。

蕾は、そんな敬介を無視して脇をすり抜け、部屋の中へ入ろうとした。

「おい、ちょい待てよ。お前、もう少しどっかで遊んで来てくんないか?今、大事な仕事の話をママとしてんだ…。ヘヘッ…な?分かるだろう?」

敬介は、意味深な笑いを浮かべた。

仕事なんかしてないクセに…。

蕾は、蔑んだ目で敬介を見る。

「なんだよその目は!なんか文句あんのか?!」

蕾の躰がビクッと怯んだその時…。

「蕾ちゃん!帰ったのね!」

「ママ!」

梨絵が、白いスリップの上にカーディガンを羽織りながら蕾に駆け寄り、悲しい目で蕾を見つめると、ギュッと強く抱きしめた。

ママ…髪が乱れてる…。

香水の香り…。

パパの好みの香水だ…。

「蕾!ごめん…本当にごめんね…。ママ、何も出来なくて…。守ってあげられなくて…」

梨絵は泣いていた。

「…ママ…グスン…ママァ~ウワァァ~ン!」

蕾も母の顔を見ると、我慢していたものが一気に崩壊し、堰を切ったように涙が溢れた。

「蕾…躰…大丈夫?」

梨絵は、蕾の全身を撫で擦った。

「フエ…ッ…ヒック…うん…大丈夫…」

「良かった…。そうだわ蕾、お腹空いてない?おにぎり作ってあるの。食べて?」

「ヒック…ママ…ママァ…」

涙が止まらない。

「っるせぇなぁ、まったくよぉ!ビィビィ泣くんじゃねえよ!ほら、さっさと握り飯持ってどっか行ってろ!夕方まで帰ってくんじゃねぇぞ!いいな!」

「あっ!」

二人は強引に引き離された。

「グスン…ヒック…あ、あずちゃんは?…」

「あぁ?寝た…」

目線を外す敬介。

薬だ…。

また父は母に酷い事を…。

「ママ…」

「蕾…ママは大丈夫…。ね?パパの言う通りに…」

微笑む梨絵の瞳は、悲しい光を宿していた…。
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