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口琴
第9章 逃避
庭先で遊んでいる筈の、二人の姿が見えない。

蝉時雨だけ響く庭は、そこはかとなく不気味で、梨絵の不安を駆り立てる。

「蕾っ!どこなの?!まさか…」

嫌な予感…。


カサカサ…。

イヌマキの塀の葉が揺れた。

「蕾!」

梨絵は慌てて、塀の表へ回った。

「エヘヘッ、見っかっちゃった」

小さな舌をペロリと出して、笑ったのは梓。

「あずちゃん…!蕾は?お姉ちゃんはどこなの?」

「かくれんぼだよ?ママは鬼さんなの。だから教えちゃダメなんだも~ん。ウフフッ。ネエネが絶対ナイショだって」

「そんなこと言わないで、ね?教えて?あずちゃん!」

「だぁ~め。ウフフッ。ネエネは見つかんないよ。ベッドの下にもぜ~ったいいないんだから」

「…ベッド?!」

梨絵は玄関に駆け戻り、転びそうになりながら、つっかけを脱ぎ捨てると、子供部屋へ向かった。

梨絵の慌てぶりに、敬介が顔を覗かせる。

「なんだ?どうしたんだ?」

梨絵は敬介に答えず、必死で蕾を呼んだ。

「蕾!蕾!」

ベッドの下は季節外れの服だの、使わなくなったオモチャだのの箱が押し込まれていて、子供が隠れる隙間などない。

梨絵は夫婦の寝室へ向かった。

「どうしたんだ、蕾がどうかしたのか?」

ベッド下には誰もいなかった。

「…蕾が…いなくなったの…」

「なんだって?!おい、早く探せっ!」

敬介の怒号が響く。

梨絵は自分の愚かさと、蕾への仕打ちを後悔して膝から崩れた。

「おいっ!泣いてる場合か!さっさと探せっ!」

丸まって泣く梨絵の背中を蹴り飛ばした。

家中を探したが、蕾を見つけることはできなかった。

「あなたっ!警察よ!警察に連絡してっ!あの子、今、普通じゃないわ!何するか分からないわよ!」

「何を馬鹿な事を言ってるんだ!警察になんか頼めるか!根掘り葉掘り聞かれて、挙げ句には俺達が危なくなるじゃねえか!バカ野郎!それより社長に何て言えば…。くそっ!蕾のやつ、どこへ逃げやがったんだ」

「あの子に…何かあったら…私…私っ…ウウッわあぁぁーっーー」

梨絵は、狂ったように泣き続けた。
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