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口琴
第12章 惜別の涙
「…お前も、もう中二だ。ちゃんと話さなきゃな。

お前は、今まで本当の母親が誰なのか聞こうとしなかったな?…。子供なりに気を使っていた事は分かっていたよ。ありがとう。

黙っているつもりは無かったが…。今、その時が来たようだ。

落ち着いて聞いてくれ。

私には、ウィーンの音楽大学で出会った仲間が三人いた。朋香もその中の一人だ。私達四人は親友だった。

しかし私は、その中の一人の女性を好きになってしまったんだ。とても優しく美しい日本人女性だ。でもその女性は仲間の一人と付き合っていた。彼はオーストリア人で、美しい翡翠色の瞳をした青年だった。彼の弾くピアノの音楽性の高さは、学内でも群を抜いていた。彼女歌声も美しく、誰もが羨むようなカップルだった。

そして卒業が目前に迫り、私達は卒業試験を控えていた。彼女は声楽専攻。課題曲の伴奏者を決めなければならなかった。勿論、彼女は彼に依頼した。でも私は、どうしても彼女の伴奏をしたくて、あろうことか彼に別の女性を近づかせ、偶然彼女がその場面を見てしまうように仕向けたんだ。勿論計画的にね。姑息な事をしたよ…全く…。

彼は誤解だと必死に弁解したが、結局彼女は彼を許せずに、別れてしまった。私は、ここぞとばかりに彼女に近づき、伴奏者の役目を奪い取った。

やがて私達は付き合うようになり、卒業して日本に帰り結婚した。

そして、聖、お前が産まれたんだ。

でも、彼女の心の中にはいつも彼がいた。庭にライラックを植えたのも、彼の好きな花だからだ。私は、自分がした事が後ろめたく、ライラックを植えることを拒めなかった。

彼女は、ライラックを眺めては、彼との想い出の曲を口ずさんでいた。私のいない間に、こっそりとあの曲をピアノで弾いていたのも知っていた。

そんな彼女を毎日見ているのが辛くなった私は、家に帰らない日が多くなった。毎日酒をあおって、現実逃避していたんだ。

彼女は赤ん坊のお前を抱え、それでも明るく振る舞っていたよ。今思うと、彼女の心の中はどんなに辛かったか…。

そんなある日、私は朋香と再会した。朋香はボロボロになった私を、元気づけてくれた。

そして朋香の口から、ずっと私の事が心の中にあったと聞き、私達は密かに付き合うようになったんだ。不倫関係ってやつだ…。

正直、妻といる時より朋香といる方が楽だった。酷ぇ話だな…。
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