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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第6章 其の参

あの時、男はお彩の頬にたった一瞬、そっと触れた。まるで、それが現(うつつ)の出来事とも思えないほどの素早さで。そして、お彩の耳許で囁いたのだ。ただひと言、〝―似ている〟と。
降りしきる雨の音、二人を包み込んでいた静けさ、そして、束の間、頬に触れて離れた男の指の感覚。すべてが夢の中のことだったのではないかと、当のお彩さえ錯覚しそうになるほどの儚い想い出であった。
お彩は無意識の中に、肩に置かれた男の手にそっと自らの手を重ねていた。重なり合った手のひらと手のひらから新たな熱が生まれ、それが心地よくお彩の身体の隅々にひろがってゆく。
そうなって初めて、お彩は自分が試みた大胆な行為に気付いた。我に返り弾かれたように顔を上げると、あの男が春の宵闇に溶け込むように、ひそやかに立っていた。
降りしきる雨の音、二人を包み込んでいた静けさ、そして、束の間、頬に触れて離れた男の指の感覚。すべてが夢の中のことだったのではないかと、当のお彩さえ錯覚しそうになるほどの儚い想い出であった。
お彩は無意識の中に、肩に置かれた男の手にそっと自らの手を重ねていた。重なり合った手のひらと手のひらから新たな熱が生まれ、それが心地よくお彩の身体の隅々にひろがってゆく。
そうなって初めて、お彩は自分が試みた大胆な行為に気付いた。我に返り弾かれたように顔を上げると、あの男が春の宵闇に溶け込むように、ひそやかに立っていた。

