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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第7章 第三話 【盈月~満ちてゆく月~】 其の壱

そのため、一日に作る量も限られており、昼前に行ったのでは売り切れということが多々ある。特に随明寺が花見客で溢れる頃は店の前に行列ができ、飛ぶように売れる。お彩はこの随明寺の桜餅が大好物である。今日は暇をくれて快く送り出してくれた喜六郎にも土産に買い、父伊八にも幾つか買った。「花がすみ」に帰る前に父の住む長屋に立ち寄り、桜餅を渡してから帰ろうという算段であった。
木戸口を抜けると、見慣れた懐かしい風景が眼に飛び込んできた。江戸の人からは「甚平店」と呼ばれるこの粗末な棟割り長屋は江戸市中のどこにでも見かけるような裏店だ。差配の甚平―もっとも今は亡くなり、別の者が差配を務めているが―の名からこう呼ばれるようになったという。お彩の現在の住まいも似たような貧相な長屋であった。
木戸口を抜けると、見慣れた懐かしい風景が眼に飛び込んできた。江戸の人からは「甚平店」と呼ばれるこの粗末な棟割り長屋は江戸市中のどこにでも見かけるような裏店だ。差配の甚平―もっとも今は亡くなり、別の者が差配を務めているが―の名からこう呼ばれるようになったという。お彩の現在の住まいも似たような貧相な長屋であった。

