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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第4章 第二話【花影】-其の壱-

伊八が揶揄するように言うと、お彩は思い切り頬を膨らませた。
「私は、おっかさんのように口煩くはありませんよ、お生憎さま」
が、お彩の眼には涙が溢れていた。昔どおりの父娘(おやこ)のやりとりは、一年半前、お彩がこの長屋を出る前―、否、お彩が父へのひそかな想いに目ざめる前そのままだったからだ。それに、少し前なら、お彩は父が亡くなった母のことばかり口にするのが嫌でたまらなかった。いつまでも死んだ女房のことを思い出して、「お絹、お絹」とその名を繰り返す父を何という女々しい男かと半ば侮蔑のこもったまなざしで冷ややかに見つめていたのだ。
その気持ちが他ならぬ母への妬み―死んでもなお父の心を捉えて離さぬお絹への嫉妬であることは十分判っていた。だから、そんな風にしか心底惚れ合った両親を見られない自分を物凄く嫌悪した。
「私は、おっかさんのように口煩くはありませんよ、お生憎さま」
が、お彩の眼には涙が溢れていた。昔どおりの父娘(おやこ)のやりとりは、一年半前、お彩がこの長屋を出る前―、否、お彩が父へのひそかな想いに目ざめる前そのままだったからだ。それに、少し前なら、お彩は父が亡くなった母のことばかり口にするのが嫌でたまらなかった。いつまでも死んだ女房のことを思い出して、「お絹、お絹」とその名を繰り返す父を何という女々しい男かと半ば侮蔑のこもったまなざしで冷ややかに見つめていたのだ。
その気持ちが他ならぬ母への妬み―死んでもなお父の心を捉えて離さぬお絹への嫉妬であることは十分判っていた。だから、そんな風にしか心底惚れ合った両親を見られない自分を物凄く嫌悪した。

