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ただ、あなたに逢いたくて~心花【こころばな】~
第30章 第十二話 【花見月の別れ】 其の壱

お彩はその初めての娘に「美杷(みわ)」と名付けた。あの小さな農村の外れにひっそりと建つ家で産声を上げた娘には、この名前こそがふさわしいと、女の子ならば美杷と出産前から決めていた。そう、美杷の生まれた家の前には、枇杷の老樹があった。もう樹齢も定かではないほどの大樹にたわわに実った橙色の実を伊勢次が悪阻に苦しむお彩のために採ってくれたものだった。
あの夜、伊勢次とお彩は初めて身体を重ね、伊勢次はその時、いかにしても、惚れた女の心が自分の手には入らぬことを悟ったのだ。伊勢次の腕に抱かれながら、お彩が瞼に蘇らせていたのは、他ならぬ別れたはずの良人京屋市兵衛であった。
あの夜、伊勢次とお彩は初めて身体を重ね、伊勢次はその時、いかにしても、惚れた女の心が自分の手には入らぬことを悟ったのだ。伊勢次の腕に抱かれながら、お彩が瞼に蘇らせていたのは、他ならぬ別れたはずの良人京屋市兵衛であった。

