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その恋を残して
第1章 好きにならないで!

「……?」

 何が? と思ったが、言葉にはならなかった。ただ、俺を見上げる帆月の顔が思ったより近くて、俺は視線を泳がせる。顔面が紅潮してゆくのが、自分でもわかった。

「ホラ、その反応も」

 帆月は、それまでよりハッキリとした口調になる。

「な、何のこと……?」

 一体、彼女は何を言おうとしているのか。特に俺は彼女何もしたりはしていない筈だ。ようやく俺は、その真意を訊ねようと試みる。しかし――

「とぼけないでください」

 彼女は語気を徐々に強くしただけであった。

 彼女が何を言っているのかわからない。わかる筈もない。意味も解らずに、詰め寄る帆月蒼空に、俺は初めて苛立ちを募らせていた。

「あの……帆月さん、だったよね?」

「ええ、帆月蒼空です」

「俺が何かした? わかるようにハッキリ言ってくれないかな」

「私が教室に入った時、立ち上がって私を見つめました」

「あ……あれは別に……」

 俺は自分の無意識の行動を、帆月に何と説明すべきか困惑する。

 だが、帆月はそれ以上、俺の言葉を待たなかった。スウと力強く息を吸うと――

「私を好きにならないで!」

 キッパリそう言い放ったのである。

「――――」

 俺の頭の中は空っぽだ。ただ、呆然と立ち竦む。

 そして、目的を果たした帆月は、俺の目前で踵を返すと背を歩き始めていた。

「ちょ……ちょと、待って」

 何とか呼び止めた俺を――

「……」

 帆月は振り向き睨む。

 その視線は初めて会った時と同じく、俺を遠ざけるモノ。

「あ……イヤ……」

 蛇に睨まれた蛙の如く、言葉を失った俺に――

「さようなら……」

 帆月は丁寧にお辞儀をして、その場を去って行った。

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