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その恋を残して
第5章 それは、おとぎ話だ

 二十メートル位前に、見慣れた車が停車していることに気がつく。その高級車は、蒼空たちを送迎する、沢渡さんの車と同車種だ。たまたま同じ車なだけか?

 この辺は蒼空たちの家とは逆方向であることから、俺は特に気にする訳でもなかった。

「――!」

 次の瞬間、俺は建物より出てくる怜未の姿を見つける。怜未は停車中のその車に乗り込み、車は発進して行った。

「お待たせ」

 オバちゃんが車に乗り込む。

「ボーっとして、どうかしたのかい?」

「い、いえ……」

「じゃあ、行こうかね」

 オバちゃんが、車を発進する。僅か走ると、怜未の出てきた建物の前に差しかかる。俺がその方向を注視すると『hotuki-clinic』――建物の入り口には、そう表記されている。

 『クリニック』……?

 初めに、俺はそれを気にした。もしかしたら、朝の件で怜未は怪我をしていたのだろうか。そんな不安からであったが、その可能性はやはり低いと思う。危険ではあったが、どこかを打ち付けたようなことは無かった筈だった。

 そう、気にすべきはむしろ『hotuki』――『帆月』の部分だった。

「帆月……クリニック」

 俺は思わず、そう声に出していた。

「どうかしたのかい?」

「いえ……こんな所に、診療所があったかなって」

「ああ、つい最近だよ。東京から来た若い医者が、開業したって聞いているけどね」

「そうですか。最近……」

 その建物を見送りながら、偶然ではない何かを俺は感じていた。


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