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秘密の恋人
第19章 波乱ヲ呼ブ手紙
向かいに座る相手の目を見ないとなると目線のやり場に困る。なんとなく、テーブルに乗った桜子の手を見た。薬指には結婚指輪が嵌められていた。私が贈ったのは確かシンプルなホワイトゴールドのものだったが、当時は結婚指輪にそんなバリエーションもなかった。金色か銀色か、くらいの選択肢だった気がする。家を出て行く時にテーブルに置いて行ったものを、自分のものと纏めて捨てた。金がない中で指輪くらいは、と思って買ったものではあったが、どうするのが正解なのかもよくわからなかった。

今桜子の手に嵌められているのは緩やかなカーブを描いた華奢なデザインに小さな石がひとつ光っていた。
だから何だと言われればそれまでだが、今はバリエーション豊富なんだな、漠然と思った。

「…ずっと、聞きたかったんだけど。母さんは、なんで浮気したの。父さんの何がダメだったの?」

隆行が唐突に切り出し、思わず隣を見た。

「俺には、聞く権利がある。それに、俺ももう大人だし。何聞いても驚かないよ。」

桜子が溜息をつく。

「きっと、私が、弱かったの…貴方がお腹にいるとわかった時、お父さんは22歳で大学を卒業する直前で、春からの入社は決まってたけど、新卒。私は大学の2回生で20歳、成人式の後だった。学生のまま、休学して出産する人もいるそうだけど、当時の私にはそんなこと考えられなくて、大学も中退して、親には縁を切ると言われた。お互いの実家も頼れなくて、相談できる人もいないまま、貯金もなくて、お父さんは必死に働いて私たちを養ってくれた。でも、会社に居る時間が長すぎて、私は貴方と2人きりだった。貴方が夜中に高熱を出して、慌てて会社に電話を掛けても『今すぐには帰れないから救急車を呼びなさい』って一言だけ。不安で震えながら救急車を呼んだりタクシーで救急診療に駆け込むのなんて日常茶飯事。お父さんはお父さんで、私たちを養うことに精一杯だったって、今ならわかるけど、当時の私は全てが自分にかかっているような気がして。重圧で、押しつぶされそうだった。お父さんとも生活のリズムが合わなくて、すれ違いが続いて…」
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