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おんな小早川秀秋
第4章 埋められない差

私が兄、隆元と初めてまともに顔を合わせたのは、あなたより少し若い頃でした。兄は私の幼少の頃より、当時毛利が従属していた大内家の人質として離れて暮らしていました。さらに年が十も離れていたため、気安く文を出せるような仲でもなかったのです。
兄は父のように黒い腹をもつ策士ではなく、元春兄上のように逞しい勇士でもなく、物腰柔らかな人でした。私の頬に伸ばした手はほっそりとしていて、浮かべた笑みは春の日向のようでした。
初めて交わした言葉は、初めましてとか、よろしくとか、そんなたわいもないものだったと思います。ですがそんな会話にすら、私は返事が出来ませんでした。
私は兄の手から逃げ出し元春兄上の後ろに隠れ、元春兄上の背中から兄を眺めるだけで精一杯でした。今こそ私は彼を兄とためらいなく呼べますが、その時彼は、見知らぬ年上の男でしかなかったのです。
元春兄上の背中越しから見た兄の笑みは、少し寂しそうに見えました。ですが私へ無理に迫る事もなく、父上の元へ向かいました。
年が離れ共に過ごした時間のない兄弟が、すぐ親しくなるなど難しい話です。しかし私は、その時兄の手を握り返さなかった事を、今も後悔しているのです。

