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ブルジョアの愛人
第14章 狂器の姿
「あなたのためよ」
髪の長い女はひどく長い沈黙を挟み、口を開いた。テレビのボリュームがあまりにも上がっていたため、莉菜はソファの上で飛び上がった。
「そんなの綺麗事だろ」
男は女のトレンチコートの腕を掴む。女と反対に、ぼそぼそと籠る声で呟いていた。
「そんなんじゃないわ。だってこんなのきりが無いでしょ…」
「だから何だよ」
女の細い身体が大きく揺れる。男の目は血走っており、演技とはいえじっと見つめられる女はさぞ怖かったことだろう。
骨と血管が驚くほど浮いた手で髪を掻き上げ、男のスーツの胸元に目を泳がせる。頬にかかる髪が微かに揺れ、乱れる女の息から焦りと緊張が感じられた。
「なあ!」
びくん、と女の肩が痙攣する。莉菜の肩もほぼ同時に上下した。男の叫びはテレビのボリュームを低くしていても、空気が大きく震えるのがはっきり見えるようだった。
もはや液晶画面の中の痩せこけた女は莉菜であり、背の高い男は浩晃である。