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ブルジョアの愛人
第15章 主菜は食前酒のあとに
どちらからともなくゆっくりと顔を近づけ、優々は目を瞑ることも忘れて唇を重ねた。
初めて唇で感じる唇は、溶けてしまいそうなほど柔らかく、恋愛小説で書かれるような熱さはない。ぬるく、優しい体温だった。
そのまま十秒が経過した。こんなにも長い十秒は初体験だった。いつも二人きりでいる時間は、彗星が流れるように忙しなく進んでいくのに。だが嫌な時間ではない。むしろ、これ以上ないぐらいの至福の時間である。ただ、どうしたらいいか分からないだけだ。
真緒は小さな頭の中で、さまざまなことを予想し、企て、迷っていた。お互い、ろくに息のできない状態のままでいていいのか。しかしこのまま唇を離しても、次に何をしたら良いのか――本当は分かっているのだが――分からない。
これまでドラマや映画で観たキスシーンを必死に思いだそうとした。年頃の女の子は、家族と一緒のときは恥ずかしくて目を逸らすが、ひとりのときは目を輝かせて食いつくものだ。だが、印象的なキスシーンがパッと浮かんでこない。
やっと記憶の沼から引きずり出したキスシーンは、去年音楽の授業で観た「サウンド・オブ・ミュージック」の、トラップ氏とマリアのそれだった。
女子は皆顔を赤らめて俯いたり手で顔を隠したりしていたが、真緒は思わず見入ってしまった。これほど濃厚な口づけを、十年間で見たことがなかったから。どんな場面だったか忘れてしまったが、日本人のキスとはまるで違う淫靡なそれは、思い出しただけで股間を疼かせた。