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ブルジョアの愛人
第17章 午前一時のダークスーツ
浩晃のスーツ姿を見るのは初めてだった。特に忙しい時期でもないし、帰ってから莉菜を迎えに来るまでに着替える時間など充分にあっただろうに。
わざと着替えてこなかったのだろう、と莉菜は思った。まだこの関係が始まったばかりの頃、行為が終わった後に男性のスーツ姿にときめくと浩晃に話したことがあった。
浩晃は煙草を吸いながらふうんと頷いただけで、その次の週はいつも通りTシャツにジーンズという格好でやって来た。
何を今さら――心の中で吐き捨てたそれは本心ではない。ひとつだけボタンを外し、ブルーグレーのストライプのネクタイを緩めた胸もとに目を奪われっぱなしだった。
そして、約二週間ぶりに合う恋人への想いを断ち切れていないのも事実である。
本当に別れるつもりで夕方メールをしたのだ。もちろん怖いし、勇気のいる決断でもある。あの昼ドラマを見てからなら尚更だ。
しかし、終わらせなければいけない。今日の夕方訪れた真緒と優々に再度忠告されて決心した。
もしかしたらもう手遅れかもしれない。でもこれ以上噂が蔓延する前にきっぱりと関係を終わらせておかなければ、後でもっと大変なことになる――
「体調はもう大丈夫なの?」
突然の問いかけに、莉菜は狼狽えて曖昧な答え方をした。まだ万全とはいえない。しかしそんな答えでも、浩晃は硬い表情をほんの少し緩めた。
莉菜はそれを見て、顔を伏せた。