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ブルジョアの愛人
第17章 午前一時のダークスーツ
麻里子はいかにも面倒くさそうにウーロン茶を飲み、離婚を考えてるんだけど、と切り出した。浩晃は唖然として麻里子の顔を見つめていた。樹里とよく似た、刃物で切り開いたような大きな二重の目を。
「こっちもお金がないから離婚調停とかなしですっぱり別れたいんだけど――何?」
「いや、何でもないよ」
浩晃は適当に相槌を打ちながら、失望がじわじわ大きくなっていくのを感じた。
麻里子は浩晃の中でもはや妻ではなくなっていた。だからその分、よき母でいてくれることを心のどこかで願っていたが、甘かったようだ。
麻里子は樹里の母親ですらなくなっていたのだ。
だがそのことについて浩晃がどうこう言う気にはなれない。言えないのだ。
浩晃は仕事を理由にして家庭から逃げてきた。正直に言えば怖かったのだ。小遣いを要求するときだけ媚びる母親に似てきた娘が。
いつからこうなってしまったのだろう、とハンドルを握りながら思いを巡らせ、考えても無駄だということに気づいた。
十八になったばかりだった麻里子に樹里を産ませたことが――睡眠時間も削って仕事にのめり込み、平社員から大出世したことが――そもそも麻里子に告白したことが――全てが間違いだったように思えてくる。
だが、ただひとつ、莉菜とクラスメイトの父親以上の関係を築いたことだけは全くといっていいほど後悔していない。