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ブルジョアの愛人
第20章 どこへも行かないで
パジャマに着替える気力もなく、カーディガンにジーンズという格好のまま布団に入る。窓越しに、午前四時過ぎの橙色の光と目が合った。
それはほとんど屈折せず、こちらを見つめているように見える。疲れているせいか、胸がいっぱいになって涙が出た。
もう浩晃とは逢えない。優しい腕に抱かれた夜を思い出す。行為のあとは、あの大きなベッドで抱きしめてくれた。誰よりも優しい声で、大好きと言ってくれた。
浩晃さんも私と同じだったのかな、と莉菜は思う。冷えた家庭。家族を愛することも、愛されることもない。だから――
もっと大好きと言えば良かった。甘えた声で彼の名前を何度も呼びたかった。ベッドの中だけでなく、車の中でも、電話でもメールでも。
涙は止まらない。声を我慢すると、喉の奥に異物がつかえているような苦しさがやってきた。あの部屋のものより安くて硬い布団を噛み、枕と布団が涙とよだれでびしょ濡れになるのも構わず泣きじゃくった。
どこまでも真っ直ぐな朝日は、莉菜の泣き濡れた顔を照らす。差すような光が、涙を溜めた目には痛かった。
莉菜の細い腕は、そこにはないはずの浩晃の身体を抱きしめていた。