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ブルジョアの愛人
第5章 恋火にマッチ
真緒が青ざめた顔でトイレから出ると、クラスメイトの優々(ゆゆ)が心配そうな顔で駆け寄って来た。
「大丈夫? 北沢さん…」
休み時間に急に気分が悪くなってトイレに駆け込んだ真緒を気にかけてくれたのだろう。真緒は背中に冷たい手を感じながら、この子になら莉菜も心を開けるだろうな、と考えていた。
「ありがとう。大丈夫だよ。大分すっきりした」
嘘だった。無理やり吐いてもまだ胸の辺りがもやもやする。名前通り優しい心を持つ彼女に嘘をつくのには胸が痛んだが、優々の頬が柔らかく緩んだのを見て安心した。
「良かったぁ」
肩を支えられて教室に向かいながら、真緒は先程見た光景を思い出していた。
絶対、わざと1組の教室の前を通った。
真緒は確信を持っていた。あの樹里ならやりかねない。――許さない。
「どうかした?」
優々が眉をひそめている。真緒の表情が憎々しげに歪んだのに気づいたのだ。
「あっ、ごめん。靴、ちゃんと履けてなくて」
真緒らしくない苦しい言い訳に優々は何か言いたげな顔をしたが、彼女は「そっか」としか言わなかった。
真緒はほんの少しだけ、自分の気持ちが揺らぐのを感じてしまった。