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淫風の戦記
第2章 幻覚薬
戊辰は斗真国の将軍の家に生まれた。
学問所で麒麟児と呼ばれた少年時代を経て、武家でありながら十代で商売を起こした。周囲がいぶかる中、稼いだ金で浪人を登用し強力な私兵団を組織した。私兵団は戦の度に大きな戦果を挙げ、今や斗真国で彼の名を知らぬ者はない。一方、出世を争う他の将軍を闇に葬ったという噂も絶えない。それでも斗真国王の信任は厚く、筆頭将軍と呼んで差し支えない地位にいる。数日前には宇輪水軍を含む複数の水軍衆が割拠する半島北部への進出を王に進言、自らが征討将軍となった。

「過去にも内陸国が半島支配を目論みました。しかし、その度に私たちが返り討ちにして来ました。ここでは舟戦を避けられない。水軍衆に勝てる者はいません」

枇杷の言葉は力強い。

「残念ながら…戊辰は違いますよ。彼は積極的には戦わない」
「どういうことですか?」
「買収、そしてこれです」

桔耶は白い粉末を枇杷に見せた。

「幻覚薬とでもいいましょうか」

極少量口に含むだけで、夢見心地になれ、精神を快楽で支配する薬。

「戊辰はこれを半島で流行らせます。口にした人間はこれなしでは生きていけない。王も奴隷も皆同じです。人々は薬を買うために財を投げうつでしょう。金も家も人も、そして最後には国そのものを売って薬を欲しがる」
「薬を売って、国を買う。それを戊辰がやると?」
「そうです。王への進言以前から長期間準備を進めていたと見るべきでしょう」

枇杷は背筋に冷たいものを感じた。

「何か防ぐ手立てはないのですか?」
「…そうですね。大陸には中和薬があると聞きますから、それを大量に手に入れること。ただし時間と代金はかかります。次に南方の国に斗真国を攻めてもらい自国防衛に集中させること。もちろん外交努力が必要ですが」
「…そして、戊辰将軍を殺すこと、ですね?」
「…そうなります」

桔耶は、枇杷が単独でも戊辰暗殺に挑む性格であることを知り抜いているだけに同調には躊躇いがある。しかし、事実それが最大の防衛策となる。

「ところで黒須という男をご存知ですか?」
「黒須?…存じませんね」
「戊辰の側近だそうですが…」

黒須については桔耶が十日程かけて情報を集めることになった。
薬の件は、枇杷が粉末を預かり調査する。自生の植物や動物からも中和薬が作れるかもしれないからだ。そういう知識は豊富な枇杷である。
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