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淫徳のスゝメ
第5章 私の暗黒時代のこと
披露宴は、なごやかなムードで進んでいった。
来賓代表の挨拶ではまづるのお父様が先代当主との思い出を振り返り、お兄様に親愛と、そして盛大な祝福を送った。主役のプロフィール紹介は、お兄様と紀子さん自らがマイクを握った。僅か四ヶ月で入籍に至った恋人達の物語は、お兄様が気に入っている映画を拝借した作り話だったが、誰も文句を飛ばさなかった。ケーキカットはリアルケーキ、お兄様達は見事にトッピングのマカロンを割り、土台にまで皹を入れた。紀子さんの衣装替えは、七回だ。独善的な幸福に酔った客達は、悲劇の花嫁を羨望の眼差しにとりこめて、道化の花婿を讃え続けた。
宴もたけなわになった頃、私はまづるとさっきのケーキとシャーベットを味わっていた。
「羨ましいかも、知れなくなる。……」
それは、浮かれねばならないという義務に追い立てられてでもいる風な談笑に、容易くかき消えるほどのささめきだった。
「多くの人達の祝福の中で、愛する人への好意を公の場で示す。確かに非生産的な儀式だよ。遊さんの奇行が正気だったら、やっぱり私は彼を見損なっていた。けど、きっと私が結婚を敬遠するのは、その大多数が異性同士で成立しているところが大きい」
「そうなの、……」
「姫猫も知っている通り、両親はあの通り平凡でね。父さんがよそに愛人を作っているわけでもないし、暴力があるわけでもない。だから、余計に衝突するんだ。元から噛み合うはずない価値観を、懲りもしないで統一したがる。他人同士が理解り合えないのと同様、あの人達だって、同じ屋根の下に住んでるだけの他人同士なんだもん。女とか男とか、そういう以前に、もうお互い人間とも思ってない。ただの厄介者ってわけ」