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淫徳のスゝメ
第5章 私の暗黒時代のこと
「別れれば良いんだわ」
「世間の目があって、無理なんだって。なんだかんだで母さんはどこかに属していなければ気が済まない。ストレスの多くの原因は、父さんとの根本的な違いなのに。世の中の衝突の半数は、性別の壁が原因しているんじゃないかと思う。私だって姫猫といて共通しているところばかりじゃないけど、生理的に受けつけないレベルとは到底違う。少なくとも肉体のほどはほぼ同じ。女と男の我慢や妥協が肯定されて、まして祝福されるこの文化にぞっとする。母さんは私の将来を手放しに夢見ている振りをしながら、きっと彼女の二の舞を、娘にも歩ませたいんだ」
不幸になれ。お前も私と同じように、異種族(おとこ)を所有しておちぶれろ──…。
私の脳裏を、二年前にいなくなった女の面影が掠めた。
次女を偏愛していたあの女も、もしかすれば私に彼女と同じように信心深い人間になって、くだらない人生を倣わせたかったのか。…………
「今日の姫猫、とても綺麗」
「今日だけ?」
メインテーブルの前方では、お兄様の愛人達が余興の寸劇を披露していた。
紀子さんや彼女の親族達は、彼らの演じる不実の喜劇に手を叩いて笑っている。
まづるがグラスの水面に落とした笑みは、それらと比べ物にならないまでに美しく品があった。
「っ……」
私の腰の深奥が、切なく疼く。
テーブルクロスに潜んだまづるの左手が、私の太ももを撫でていた。
「いつも」
指と指とが絡み合う。
「いつも、怖いよ」
人がこわい。外がこわい。狂ったルールに屈従している人間全て、まるで化け物。
「姫猫みたいな素敵な人を、もし、好きになれて。もし、永遠を約束出来るなら──…」
とっくに殺されているのかも知れない。恐怖する自分自身の心魂に。
「…………」
「自慢したって構わないと思うんだ。愛してるって、世界中に自慢したい。お揃いの色のドレスを着て、二人の思い出を皆に聞かせて、ブーケは白いカーネーションにスターチス、ベゴニアに、白い薔薇──…どうせ枯れるものだから、お互い、きっと負担になることもないし」
どこからか批判的な声が混じった。
年輩達が、彼らにとって不謹慎な余興を非難している陰口だった。