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淫徳のスゝメ
第5章 私の暗黒時代のこと
夜のとばりに紛れた蝉達が嚶鳴していた。
文月最初の月曜日、今日も律子は、会議で帰りが遅れていた。
私はお兄様に少しずつ送らせていたスキンケア用品を丸井に預けて、肌を手入れさせていた。
収容所のような四畳の寝室。廊下を挟んだすぐ向こうから、お義母様とお義父様が観ているテレビが耳障りに響いていた。
「姫猫ママー」
舌足らずなソプラノが、小さな足音を連れて近づいた。
ノックもしないで襖を開けて飛び込んできたのは、私と律子の一人娘だ。
無論、娘の伴侶にはやたらとペニスを装着した人間を欲しがる田舎者達のために、私がそれを精製してやった結果ではない。律子は美術館勤め、私は無職の金の鶏、農業を継げる人間がこの家にはいないため、お義母様達が私達に里親になることを提案もとい命令したのだ。
「あらあら、楓ちゃん。怖い夢でも見たの?」
私の肌にハーブオイルを揉み込んでいた手を止めて、丸井が楓を抱き上げた。
私は使用人を所持していないも同然だ。
あるじのスキンケアより、子供に構う。少し前の私であれば、丸井の行動は極めて悪性の過失と見なして懲罰していた。だが、私は丸井なしではお兄様からの収入も得られない。まして文字通りの処分などを執行すれば、今の私には賞与どころか隠蔽してくれる人間もない。
「喉が渇いたの。虫に刺されて目が覚めちゃった……。姫猫ママは何をやってるの?律子ママは今日も遅いの?」
「可哀想に。今お茶を淹れてあげるわね。虫はどっか行った?お姉さんが退治してあげる。ママはね、綺麗になるために努力しているのよ」…………
丸井と楓の笑い声が遠ざかってゆく。
女の秘境と男の脇差しを生殖器に使うことは、人類に快楽を与えた神ないしは自然への冒涜──…。
お父様の教えを受けてから、私は娘だの息子だのを持たないで一生を終えるものとばかり思っていた。
楓は私と血縁がない。その点、私はまだ矜持を捨てきってはいないが、赤の他人を表層だけでも慈しみ、赤の他人を養育していることは事実だ。
楓は丸井に懐いている。五年も施設で育った庶民に使用人まで奪われている、このていたらくは、私の落ちぶれようを証していた。