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淫徳のスゝメ
第5章 私の暗黒時代のこと
律子の第一印象は、喩えるなら、毒を隠した可愛い小瓶だ。
村人達がすこぶる信頼を寄せていた女は、彼らの懐く身性の裏に、彼女のみぞ知る側面(かお)を内包している雰囲気があった。
事実、律子には興味深い一面があった。
彼女が学芸員を志すようになったのは、学生時分、彼女がある種の絵画に傾倒したからだ。
「次の特集はロレーヌ・サフラン、セレスティーン・ミーア、カリス・ルロン。ロレーヌはフランス出身の、今最も注目されている画家よ。女性の絵しか描かないの。お父様が有名な宝石商でね、物心ついた頃から、無機質にこそ極上の美を見出すようになっていた。ロレーヌは人間を愛せないわ。だから彼女が私邸に所有しているモデル達も、キャンバスの中では球体関節を持つドールになる。年寄りの評論家達の間では、なかなか不評ね。私も借り入れの交渉に至るまで、周囲の反対で苦労したわ。彼女の絵のほとんどは、女の一部と女の一部が結合しているんだもの」
律子の指が、私の裸体を往来していた。
私は就寝前の朗読をせがむ子供のように、パートナーの話を傾聴しながら、彼女の髪に指を絡める。
生まれてこのかた一切の加工もしていない、私の長い黒髪と、律子のそれ。
化粧を落として一糸まとわぬ姿になると、私と律子は、ともすれば鏡に映した人形だ。
私達は、似ていた。
顔かたちや声の感じこそ違っていても、フロイト的な自由連想に官能的な裸婦の絵画、不可思議で妖美と見せかけて、実のところは直立歩行の動物を風刺してもいる現代美術を語る律子は、庶民にしておくのが惜しいほどである。