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淫徳のスゝメ
第7章 私がつい経験した蜜月のこと
「お電話ですよ。会田さんじゃないですか?」
学生ボランティアの祐子ちゃんが、にわかに立った着信音の出どころを視線で示した。
私はポケットからスマートフォンを引き抜いて、表示画面を保留に切り替えた。
「ごめんね、五月蠅くして」
「私の方こそごめんなさい。こんなに賑やかなところにいて着信音が聞こえるなんて、仕事に集中出来ていない証拠です。良いんですか?会田さん」
「何故、彼と分かるの?」
「きよら先輩、顔に出やすいです。一瞬喜んで、保留にする時躊躇って、ポケットに戻した途端、安堵されたような寂しそうな、複雑なお顔をされました」
「──……」
私はダンボールをカッターナイフで切り開いて、パンケーキの粉を引っ張り出す。
私達と同じ調理担当の日本人ボランティアメンバー達が、忙しなくフライパンをひっくり返して、出来上がった生地を紙皿に果実やクリーム、野菜や肉を盛りつけていた。
今、私は米国の某介護施設に出張している。
連夜残業してまで仕事の本分を片付けて、よりによって海外の現場に足を向けたがった私を、数少ない上司達は訝しんだ。訝しんだが、彼らも日頃の私の仕事ぶりを慮って、最後には快諾してくれた。
生まれて初めて、同世代ではまともに会話を交わすことの出来た──…和紀さんとの時間は惜しまれながら、私はお義父様に感謝している反面、負い目もあった。
私は、まるごと一日をおおらかに過ごせる休息を求めていたのかも知れない。