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淫徳のスゝメ
第7章 私がつい経験した蜜月のこと



「さ、私達はある程度生地が焼けたらゲームの手伝いよ。昼時が過ぎると、向こうが混むの。確かボール掬いにヨーヨー釣り、輪投げ、くじ引きだったわね」

「はい。懐かしいなぁ、私、輪投げ得意だったんです」

「難しくない?風向きが変わると、どんなに集中しても外れるし。私はボール掬いの方が好きだわ。お母様が得意でね──…」


 口走って、はたとした。


「…………」

「きよら先輩?」


 にわか雨のような後悔に降られる私を見つめる純粋なものは、猜疑を知らない祐子ちゃんの眼差しだ。

「…………」



 お母様は、もういない。お姉様に殺された。

 まして私は仏野きよらなどではなく、運良く善良な身元引き受け人に巡り会えた商売女だ。



 友人などいなかった。大人達も同級生も、微かに残る遥か彼方の記憶の中では私を相応の評価をしていたが、あの頃も、私は彼らに一度でも本音で向き合ったことがあったろうか。

 お母様が全てだった。お母様のいない場所など地獄も同然、事実、私の神様は、もっぱら彼女が与えていた。



 気が抜けている。

 優しいお義父様に品位ある恋人、私を人間として接してくれる上司や同僚、祐子ちゃんのように善良な学生──…。


 私は彼らに囲まれて、それまでまるで縁のなかった安寧にほだされている。



「何でもないわ。それにしても、ここの職員さん達はどうされたのかしら。さっきから姿が見当たらないわ、少し助けを呼ばないと、私達だけでは手が回らない」

「そうですね、何かあったのかも知れません。見てきますね、きよら先輩」


 既視感が襲ったのは、突然のことだ。


「っ…………」


 恐ろしい、とても一言で恐怖と片付けてしまえない衝動が、私をなぶる。

「…………」


 飛び交う外国語に碧眼、長身、ブロンド、まるで別世界に逃避した私の目交に、二度と会うことのなかったはずの女がいた。



「お姉様…………」


 そして、お姉様に親しげに寄り添う女。彼女らの斜め後方に、影のごとく従う仏野の使用人。


「逃げて……。皆……祐子ちゃん、早く……」


 私の声がその先どう奏でたか、振り返れない。
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