この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
淫徳のスゝメ
第7章 私がつい経験した蜜月のこと
「さ、私達はある程度生地が焼けたらゲームの手伝いよ。昼時が過ぎると、向こうが混むの。確かボール掬いにヨーヨー釣り、輪投げ、くじ引きだったわね」
「はい。懐かしいなぁ、私、輪投げ得意だったんです」
「難しくない?風向きが変わると、どんなに集中しても外れるし。私はボール掬いの方が好きだわ。お母様が得意でね──…」
口走って、はたとした。
「…………」
「きよら先輩?」
にわか雨のような後悔に降られる私を見つめる純粋なものは、猜疑を知らない祐子ちゃんの眼差しだ。
「…………」
お母様は、もういない。お姉様に殺された。
まして私は仏野きよらなどではなく、運良く善良な身元引き受け人に巡り会えた商売女だ。
友人などいなかった。大人達も同級生も、微かに残る遥か彼方の記憶の中では私を相応の評価をしていたが、あの頃も、私は彼らに一度でも本音で向き合ったことがあったろうか。
お母様が全てだった。お母様のいない場所など地獄も同然、事実、私の神様は、もっぱら彼女が与えていた。
気が抜けている。
優しいお義父様に品位ある恋人、私を人間として接してくれる上司や同僚、祐子ちゃんのように善良な学生──…。
私は彼らに囲まれて、それまでまるで縁のなかった安寧にほだされている。
「何でもないわ。それにしても、ここの職員さん達はどうされたのかしら。さっきから姿が見当たらないわ、少し助けを呼ばないと、私達だけでは手が回らない」
「そうですね、何かあったのかも知れません。見てきますね、きよら先輩」
既視感が襲ったのは、突然のことだ。
「っ…………」
恐ろしい、とても一言で恐怖と片付けてしまえない衝動が、私をなぶる。
「…………」
飛び交う外国語に碧眼、長身、ブロンド、まるで別世界に逃避した私の目交に、二度と会うことのなかったはずの女がいた。
「お姉様…………」
そして、お姉様に親しげに寄り添う女。彼女らの斜め後方に、影のごとく従う仏野の使用人。
「逃げて……。皆……祐子ちゃん、早く……」
私の声がその先どう奏でたか、振り返れない。