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淫徳のスゝメ
第8章 私を競った愛達のこと



 姫猫が遊さんと遊ぶのは、半分でも同じ血を分けた人間が、生物学的に通じ合えると妄信しているからだ。

 彼女は父親に開発されて、兄とまぐわい、実妹や亡き母親を強姦したこともある。世間の偏見が、より姫猫を燃え上がらせるのかも知れない。

 私にとって、そうした挑発的な気質も姫猫の魅力だ。



 特定の女性に入れ揚げるなど、ありえなかった。

 女であれ男であれ、人間が人間というだけで、永遠など無に等しい。

 愛と名づけられるものは我欲を満たす道具に過ぎない、私は他人の採取の対象を外れていたい。結婚という、物理的、経済的、あらゆる下心から家名を結ぶだけの作業を、さも当人の幸福のように押しつけたがる世間の人間が捏造してきた方程式の餌食になるくらいなら、肉体の法悦だけ得ていたかった。



 姫猫は、私に似ていた。


 頑なに他人を拒みながらも、多欲に官能を貪りたがる。


 彼女に鬼胎はいだかなかった。

 彼女となら色んな話をしたかった。寝室以外の場所へも出掛けたかった。知りたかった。



 こうも安らぎをくれた姫猫を、私は──…。





「早良さん?」


 にわかに耳を打ったのは、ひと足先に屋敷に戻った紀子さんの声ではなかった。

 夕空の下を流れる群れは、その多くが異国民に溢れている。掠れた低めのメゾの声。

 日本人特有の発音で私を呼んだその主は、視界を巡らせたそのすぐ先に見つかった。


 理知的な顔立ちにすっきりとまとめ上げてある黒い髪、博学者特有の風格を背負った女は、見覚えのある、こまやかなレースやリボンがあしらわれたグレーのスーツでめかし込んでいた。


 蓮見さんの姿を認めるや、私は、少し前ロベルトさん達が得意げに話していた怪しげな仮死薬の出どころに見当がついた。
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