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淫徳のスゝメ
第8章 私を競った愛達のこと
* * * * * * *
「蓮見さんに会ったわ」
花と果実のしとりの匂いにとろけかけた私の脳は、その言葉を処理しかねた。
まづるが洗いたての髪をタオルで押さえていた。
濡れた髪は、昼間よりなだらかな螺旋に伸びて、コンディショナーの悩ましげなフレーバーが私の鼻先を挑発する。蜂蜜色のライトを吸った肉叢は、彼女らしい可憐なネグリジェにその大半を包まれていながら、きめこまやかなもっちりとした質感を主張する。
「……伝えるよう言われたから、伝えとく。姫猫に会いたい、だって」
一度耳にすれば忘れられない甘美なメゾは、いかにも事務的な調子で告げた。
ドライヤーの音が立ち始めた。
まづるはそこそこ長さのある髪を、ともすればメイドより器用に乾かしてゆく。私は秒針の音もかき消す風音がやむまで、ただただ美しいその姿を観賞する。
蓮見稜──…。
忘れかけていた。二度と会わないと思っていたからだ。
私を畏怖させ、私に享楽の喜悦を開かせ、おそらく私を愛した人だ。
稜の来し方を非難する理由はない。
確かに、私は稜がお母様を支配したから、代わりにお父様にしはいされることになった。
稜の行動は正当だ。
清く正しく美しかったお母様。この世の奸佞、偏見や偽善に凝り固まったお母様を悔い改めさせるべく、稜は彼女に不義を教えた。その結果、私はお父様に真理を教わった。
「姫猫。行かなくて良いよ。昔の先生だっただけでしょ?それで蓮見さんが何かしてきても、姫猫には遊さんがいる。近づけなくしてもらうことだって……」
「いいえ」
私はまづるの片手をとって、力を込めた。
視界の片隅に、心底気遣わしげな眼差しがある。
優しい目だ。
人間の心など信じない。そんな私を、まづるはいつでも感覚的に羈束する。
「会いたいわ。懐かしいじゃない、昔話がしたいわ。まづるも一緒に来てくれるかしら」
私は努めてはしゃぐ表情を繕った。
まづるも合わせて憂惧を引っ込めた。