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淫徳のスゝメ
第8章 私を競った愛達のこと





「日本には戻るの?」

「姫猫こそ」

「分からないわ。……っ、ん、……」


 稜の指が抜け出ていった。


 世界が寝静まったように静かだ。

 お兄様や丸井に連絡も入れないで、私はかれこれ五時間近く、この寝台に入り浸っている。



 まづるに会いたい。

 同じ屋根の下に暮らして、夕餉の席まで一緒にいたのに、もう彼女の指を求めている。彼女の姿を、声を、風を、欲している。



「浮かない顔だわ」

「稜こそ、どうしたの?顔色が良いとは言い難いわ」

「私の質問が先よ、姫猫。まづるがいなくて寂しい?」


 稜の調子は、いつか私とまづるがお兄様をからかった時に似ていた。もっと遡るとすれば、他校で男の恋人が出来たというクラスメイトに世辞を送った私自身にも似ていた。


 至って不真面目な揶揄なのだ。

 女はインスタントドール、男は使い捨ての金庫。私の世界には、快楽と金品だけが存在していた。世間が道徳と名づけるもの、或いは憐憫、同情は、事実、一度は私を滅ぼした。



「寂しいのね」

「私も疲れただけ」

「本当にそうなら、私が憂うことはないのだけれど」


 稜の息は深かった。


 まづるだけではなかった。

 稜も、ここにいながら心ここにあらずだ。



「やはり姫猫にこんな話をするのは、胸が痛むわ」

「稜らしくない。何の話?」

「──……」


 私がニ、三度催促しても、稜は根強くたゆたった。

 三年前、私とまづるに不運を予言した時も、これだけ言い淀まなかったというのに。
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