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淫徳のスゝメ
第9章 *最終章*私が淫蕩に耽った末のこと





 運転免許証を所持しているメイドに出くわした。

 私が彼女に向かわせたのは、在りし日、お父様に渋々連れられていった屋敷だ。


 月明かりさえ美景の補翼にした豪邸は、五年前にも増して華やいでいた。

 内閣のトップを務めるあるじは上京して、今はほとんど不在だろう。

 にも関わらず、門前の警備は厳重だった。警備員らは私を見るや、露骨に驚き、動揺した。だが、彼らは私に従って、メイド達に伝達した。


 メイド達は、私の所望した人物を不在と言った。

 私は彼女らに一昨年の一件について弁解をした。私が稜の陥穽に落ちてしまったこと、善悪の分別もつかなかった年端の時分、私はお父様の暴力を受けて、不特定多数の富豪達の玩具になっていた。それもあって、自分以外の他人を信じたり、慕ったり、親しんだりすることに一種の恐怖を覚えていたこと。
 搾取される立場におとしめられることを怖れて、唯一、対等であることを心地良く感じていたまづるにさえ、彼女の想いが離れる前に、私から彼女を切り捨てようとしてしまったこと。


 メイドを相手に、庶民を相手に、こんなことを打ち明けたのは初めてだった。



 私らしからぬ弁明は、メイド達から事実を引き出すだけの成果を得た。

 もっとも、まづるが不在であるのに変わりはなかった。

「お嬢様は、知事の秘書の家にお泊まりになっておいでです」

「待たせてもらうわ」

「いつお戻りになるか……」

「少なくとも、二年も待つ必要はないでしょう」


 私はメイドを押しきって、リビングに上がった。まづるの母親が挨拶に訪うことはなかった。

 メイド達はやがて私に打ち砕けて、お茶を運んで着替えを準備して、寝具が整った旨を告げた。


 私は客室の寝台にもぐって、夜明けを待つ。



 明日が待ち遠しくなるなど、久しかった。

 私から誰かを待つことも、久しい。



 稜の話で気がついた。私は搾取されることを怖れながら、そうしていた間にも、私自身を奪われていた。
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