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淫徳のスゝメ
第9章 *最終章*私が淫蕩に耽った末のこと

* * * * * * *


 そこはかとなく薔薇の匂いが掠める寝台で、私は幾度か目を覚ました。


 私の頬は濡れていた。まづるの夢を見て、彼女のために泣いていた。


 夢は、私が現実に体験したのから、私の深層心理が空想させたようなものまであった。目覚める度に覚えた安堵は、つまるところ私が何度も現実世界へ逃げ込んでいた証拠である。

 この私が夢に畏怖する。情けなさすぎて、いっそ滑稽だ。



 昨夜、私は稜に反撥していた。

 中学で教員をしていた時分から変わらない、独尊的で、庶民のくせに何も畏れない人となり。庶民のくせに知的で、倫理的で、彼女は理に適った理屈ばかりを説く。
 私は久しく稜を怖れた。それでまづるに会いたくなって、屋敷へ駆け込んだのに、肝心の彼女は留守だった。


 留守。


 そう、失踪でも死亡でもない。

 二年前、私に愛でられながら息を引き取ったのは彼女のメイドだ。



 健全な朝陽を仄かに浴びて、私は冷静さを取り戻す。

 私は、本当にまづるに会いたかったのか。

 ただ一度の大波のごとく快楽のために、想像上で屠った彼女は、想像上で、確かにいなくなっていた。まづるに会えば、私の一生分の快楽は、幻想だったということになる。焦がれて求めた彼女の血肉は、素性も知れない下働きのそれになる。



 私はまづるが欲しかった。少なくとも奪われたくはなかった。



「…………」


 帰ろう、──……。


 吊るしてあった洋服に手を伸ばした私の利き手に、こまやかなレースの袖口から覗いた片手が被さった。

「っっ……?!」

「お嬢様が着替えを一人でするなんて」

「──……」

「姫猫が、二日続けて同じ服を着るなんて」

「…………」

 無礼なメイドは、否、私の快楽を幻想へと突き落とした親友は、はしたないと罵りながら、ハンガーごと昨夜の洋服を取り上げた。
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