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淫徳のスゝメ
第9章 *最終章*私が淫蕩に耽った末のこと
「あ…………」
絶望が私を侵食してゆく。
きよらとは二度と会わないとたかをくくっていた時分、俗世を離れたはずの彼女と鉢合わせた時ほどのショックが、私を駆け巡っていった。
否、同じショックではない。
二年前、私が喪失と引き換えに得たのは、確かに心穏やかな日々だった。
稜は私をありのままの私でいさせる。まづるは、彼女ほどの強引さを持ち合わせていないくせに、無言で私を変えてゆく。私は彼女の側にいると、私が私でなくなってゆく。
「…………」
エクスタシーにも似通う浮遊感にふらつきながら、一種の達観に落ち着いてもいる私の視界の片隅を、今しがたの洋服が離れていった。
まづるは、花柄の透けたスパークリングオーガンジーのジャンパースカートに薄紫の薄手ブラウス、ラビットファーが盛りつけてあるブルゾンを壁に吊るし直して、クローゼットの扉を開けた。彼女の肩越しに、フリルやリボン、レースがふんだんにあしらってあるとりどりのワードローブがところ狭しとかかっているのが覗き見える。
「オートクチュールとか、そういうのないけど。ピンクで良い?」
「ええ、……」
「姫猫に着せたいもの、適当に選んで大丈夫?」
「有り難う、……」
着こなしによってはロリィタに見えるという定評がある、まづるの贔屓にしているメゾンの洋服に、生まれて初めて袖を通した。
彼女に包み込まれた心地になって、私は下着の奥に湿った熱がこぼれ出すのを感じながら、とりすまして洗顔、化粧を進めていった。その間、私達を交った会話は、さしずめ社交辞令だ。久し振りだの元気にしていただの、今年は花粉が少ないだの、まるで互いに呼吸を窺うようでもあった。