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淫徳のスゝメ
第2章 私が享楽的親友に出逢うまでのこと
* * * * * * *
「唯子ちゃん」
下校時の学生らが街に散らばる夕刻、私は従姉妹の屋敷に立ち寄っていた。
早良の本邸からほぼ二駅西、辛うじてここも一等地と呼べる一角に、従姉妹、三井田唯子(みいたゆいこ)ちゃんは暮らしている。
「コーヒーしかなくて……お砂糖二本と、メレンゲ焼きと」
「有り難う。唯子ちゃん限定で、コーヒーも好きだよ」
焦げ茶の髪を一本のお下げに結った唯子ちゃん。三年前まで女子大にいて、お茶会だの飲み会だのに、ひっきりなしに呼ばれていた。美食家で、おまけに今も酒豪なのに、そのプロポーションは非の打ちどころがない。
私は唯子ちゃんの細い肢体が隣に降りてくる気配に酔いながら、甲乙つけ難い苦い液体に息を吹きかけた。
「…──甘い」
「あ、匂いもダメだった?」
「ううん、本当に甘いの」
「まづるちゃんってば、無理しなくて良いのよ」
くすくす、と、少女のようなかんばせから、屈託ない気色がこぼれる。
唯子ちゃんにとって、けだし私は甘えたがりで、未だ味覚もお子様なのだ。
甘えたがり、それは、あながち否定出来ないかも知れない。
「そうね。無理……させないで」
遠くに花の匂いがする。黒く濃厚な液体を、私は砂糖を入れるのも失念して一口喉に流し込んだ。
唯子ちゃんの淹れてくれたおもてなし。
若手公務員と恋愛結婚したために、唯子ちゃんの生活は、慎ましい。家事もほとんどこなしている。
私は唯子ちゃんの目が測り、その手が注いだコーヒーに、食道から乱されてゆく錯覚に引きずり込まれていた。