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淫徳のスゝメ
第2章 私が享楽的親友に出逢うまでのこと
「遅れてしまってごめんなさい。目新しいハーブに浸かっていたら、支度の時間が押してしまって」
ある初夏の夜、私は例のごとくお父様の知人のパーティーに招かれていた。
稀少なエッセンスを手に入れた私は夜まで待てず、推奨された処方の通り、メイド達にそれをバスタブに張らせた。
とろみ湯は、過剰な夢見心地に私を酔わせた。
私は首から下を天国に浸し、おりふしメイドの身体にちょっかいを出し、ついでに顔や髪のケアをさせた。
肩紐にオーガンジーのフリルがついた、シャンパンピンクのフレアスカートにパニエの仕込んであるワンピース。それをまとい、私はムスクが仄めく洗いたての雲鬢に、ブリザードフラワーのコサージュを挿した。
パーティーコーディネートを仕上げた頃には、開宴三十分前になっていたのだ。
「構わなくてよ。美しい姫猫ちゃん……貴女が来てくれるだけで、私のパーティーが華やぐわ。ハーブの話を聞かせて頂戴」
主催の婦人は私にシャンパンを勧めると、私の話を熱心に聞いた。
アラカルトをつまみながら他の客との歓談に回り、お父様とダンスを踊った。
もっとも私はダンスより、芸術に感心しやすいたちである。どこで噂を聞きつけたのか、婦人は私にピアノを勧めた。
選曲したのは『ナゼルの夜会』だ。どことない疑惧をくるんだアップテンポに始まるそれは、意味深長な八つの変奏で成り立っている。
季節を巡る風の音色が、私の口舌を必要としない声になる。無辺に広がる、浅ましくちっぽけな世界──…存在するに値しない、途方もなく果てない宇宙。私は叫ぶ。叫べないから、心魂を閉ざす。ただピアノの音色に乗せて、いにしえの嘆きを指でなぞる。…………