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淫徳のスゝメ
第2章 私が享楽的親友に出逢うまでのこと



「姫猫」


 それは、泰然たる聖母の声だった。


「今日は、学校は?」


 お母様の声は慈愛溢れる慎ましやかな音を湛えていながら、仏野の家を采配しているだけの厳かさがある。

 この紅茶を好んでいた時分の私なら、お母様の顔色を伺って、自分がいかなる過失を犯したのか考えて、縮こまっていたろう。


「この通りよ。進学も決まったのだし、構わないでしょう」

「姫猫……」


 おおお…………と、お母様がひれ伏した。

 皺一つなかったテーブルクロスが、お母様の繊手に崩れて、茶器が揺れる。



「姫猫……姫猫……ごめんなさい……ごめんなさい…………姫猫………許して……」



 お母様は、泣いていた。これまでの謝罪を並べ立てて。


 蓮美先生に抱かれたこと、それによってお父様との信頼関係が破綻して、彼の肉欲が私に移り変わったこと。お母様は私がお父様や彼の知人に抱かれているのを知っていながら、彼らを止められなかったこと。…………



「許してくれなくて構わない。そう簡単に、貴女の心の傷は癒えないでしょう。お母様は出来る限りのことをするわ、世界中から優秀なカウンセリングの先生を探す……手遅れだと分かっていても。貴女は十分苦しんだ。怖かったわね?痛かったわよね?ごめんね。お母様は、姫猫……もっと早く、貴女を助けてあげなくてはならなかった。だけどお父様には、どんな罪過も隠蔽なさるだけの権力がある。私があの方の不正を訴えたところで、姫猫を助けられるばかりか、下手をすれば、貴女を世間の晒しものにしてしまう。それが強かった。ぅっ…………ひく……だけど……辛かったわね。どんな目からも貴女を守るわ。世間が貴女に何を言っても、貴女をどんな目で見ても、お母様は認めない。姫猫は安心して。お母様を信じて」



 お父様はすっかり悪者だ。

 お母様は、今こそ母親の務めを果たさんとでもしているように、私を哀れな娘に仕立て上げていた。


 さればこそ、お母様は私の罪悪を非難しない意思を語った。
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