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淫徳のスゝメ
第2章 私が享楽的親友に出逢うまでのこと
お父様の懇意の議員が居を構える邸宅は、隣町の住宅街にひっそりとあった。
花と緑の袋小路の内部は、さしずめ異国の宮殿だ。
開けた庭はよく手入れが行き届き、ひと足早い春の陽射しを清々しい小川が弾き、花の匂いが踊っている。鹿鳴館時代の名残が息差す屋敷は、軒先から内部に至るまで、調度品はどれも上質でセンスがあって、メイド達の躾も申し分ない。
あるじが見えると、お父様は私の紹介もそこそこに、昔話に興じ始めた。
私は持ち前の愛想を大安売りし、メイド達の運んできた焼き菓子を吟味しているより他になくなってゆく。
「それでは姫猫。お父様は庭を案内してもらってくるよ。珍しい薔薇のオイルは、姫猫も気になるだろう?もしお父様が商用させてもらえることになったら、お前に一番に使わせよう。お前が使っていると知れば、何人かの婦人達は、お父様が市場に出すや飛びつくだろう」
「ええ、お父様。おじ様。行ってらっしゃいませ」
ロレーヌの塩のガレットを齧りながら、私はダマスクローズの紅茶を喉に流し込んでいた。
早良さんは、有本さんに匹儔して名が知れている。
にも関わらず、私は彼の一人娘の存在を、今日の今日まで知らなかった。過不及ない権力も財力も備えていようが、華やかな場に関心が薄いのかも知れない。
懐かしい薔薇の味。優しい焼き菓子──…。
胸奥で凍結していた何かが怯えるような、心地の悪い焦燥が、私の食欲を煽動した。