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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
急いで画面をスワイプして電話をかけ直す。耳に押し当てた受話口で響く呼び出し音は、一回で止まった。
『潤さん』
透きとおったその声は、かすかに怒気と焦りを含んでいるように聞こえる。
「……女将」
潤は、電話の向こうにいる彼女の感情を逆なでしないよう神妙な声を返した。しかし、どれだけ真摯な対応をしても無駄な気がした。
『帰っていないの』
語尾を極力上げない静かな問いに答えられずにいると、深いため息が一つ聞こえ、こう続けられた。
『どこにいるかは訊きません。帰ってきなさい、
今すぐに』
冷静な声は情念を隠している。その表情は怒りに歪んでいるかもしれない。
潤が震える唇をひらいて返事をしようとしたとき、一方的に通話が切られた。