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滲む墨痕
第3章 雪泥鴻爪
背中越しにその息遣いを感じながら黙って服を着ると、潤は自ら壁際に歩み寄りコートを取った。現実が刻一刻と迫る。腕を通し、ゆっくりと振り返れば、法帖を閉じた藤田が静かな笑みをよこした。
「送ります」
その一言は、夢の終わりを示していた。
立ち上がった藤田の手にはさきほどの紙袋がある。
潤の視線に気づいた彼は、それをひらいて中身を取り出してみせた。綺麗に個包装されたカップケーキだった。藤田の見た目からは想像もつかない物を前にして言葉を失くす潤に、彼は苦笑を浮かべる。
「お腹は空いていますか」
たしかに午後からなにも腹に入れていない。思い出すと急激に空腹感が襲ってきた。潤が小さく頷くと、藤田は優しく微笑む。