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滲む墨痕
第4章 一日千秋
だがやはり藤田の説明どおり、多寳塔碑ではその特徴はひかえめである。しかしながら、ところどころにそれらしい筆遣いが見て取れる気もする。
それを発見するたびに、潤は藤田に連絡して詳しい書き方を尋ねたいという衝動に駆られる。彼はきっと「真面目だなあ」と優しく笑うだろう。そうして、丁寧に、時間をかけて指導してくれることだろう。
『悟』の最後の横画を書くと、潤は筆を置いた。半紙におさまる四文字を眺め、口元を歪める。
「……下手」
苦笑まじりの呟きが、いびつな心に冷たく沁みた。
全部で二千字以上ある文字を毎日少しずつこつこつと書き進めてきたが、今書いている部分はまだ序盤だ。
静まり返った、孤独な時間。いつか途中で挫折するかもしれない。しかし、今はとにかく愚直にやるしかない。情熱と信念を試されているようなこの状況を乗り越え、志を貫きとおすことができたら、なにかが変わるのではないかと潤は願う。