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滲む墨痕
第4章 一日千秋
ふと、背後にあるハンドバッグの中で短い振動音がした。
休憩中の美代子が遊びにくるために一言メッセージを送ってきたのだろうと潤は思った。義父の見舞いと食材の買い出し以外では家を出ずに書道ばかりしているので、人のよい美代子は時折顔を見にきてくれるのだ。「私のプレゼントのせいね」と苦笑しながら。
潤は背をひねってバッグから携帯電話を取り出すと、画面に表示されたショートメッセージの送り主を見て息を止めた。
藤田千秋先生――その登録名が、あの低い声を甦らせる。
――東京へ行きます。逢えませんか。
潤はすぐに内容を確認したい気持ちを抑え、急に激しく打ちはじめた胸の鼓動を感じながら呼吸を整えることに努めた。
誰かからのメッセージをひらくだけのことが、これほどまで気力を要するものだっただろうか。初恋――そんな甘く淡いものとはほど遠い、恐怖と緊張感に侵された奇妙な興奮を宿した胸に手のひらを押し当て、潤は通知画面をスワイプした。