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滲む墨痕
第4章 一日千秋
目頭が熱くなり、視界がぼやける。潤は黙って何度も頷いたあと、一度だけ「はい」と答えた。
俯いて書をじっと見つめる。ぼたぼたとこぼれ落ちる大粒の涙が、まだ乾いていない墨字(ぼくじ)に染み入り、黒々とした線をじわりと滲ませた。
「私も一緒に行きたいです」
湿る墨痕を指でなぞりながら呟くと、「うん」と静かな声が返された。
「でも、行けません」
こぶしを握りしめてそう続ければ、一瞬空気が止まり、「わかりました」と固い声がした。
『あなたを困らせてしまった』
「いいえ、嬉しかったです。ありがとうございました」
『……では、そろそろ』
「あ、あの……」
『ん?』
「もう少しこのまま……だめですか」
『ふふ。僕もそうしたいと思っていました』
愚かな願いを受け入れてくれた藤田に甘え、潤はそこにある熱い気配を感じながら無音に耳を澄ませた。流れつづける時間も、自分がどこにいるかも忘れるほどに。