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滲む墨痕
第2章 顔筋柳骨
「置き方は覚えていますか」
「ええと、はい」
昔の記憶を辿りながら、広げた下敷きの右側に箱から取り出した道具を並べていく。筆置きに筆を、その横に硯を、その上のスペースに固形墨を置く。
そのとき、潤はあるものの存在に気づいた。箱には、こぢんまりとした丸い陶器が残っている。上部に小さな穴が開いていて、側面には注ぎ口がついている。
「先生……これは」
「それは水滴ですね」
「水滴?」
書道用具としては初めて聞くその名前を繰り返した潤に、藤田はなにかを思い出したように「ああ」と声をあげ、柔らかく微笑む。水滴を手に取り、説明しはじめた。
「これは水を入れるものです。これを使って硯に水を垂らして、墨を当てて磨っていくんです」
「……私、知りませんでした。習っていた教室では市販の墨液を使っていたので。すみません」
「いやいや、気にしないで。すぐに墨液を持ってきますね」
穏やかに言った藤田が立ち上がろうとしたところで、潤は彼の意図を理解した。