この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
滲む墨痕
第4章 一日千秋
「……勝手に上がってこないでくださいよ。ここは物置き小屋じゃない」
「だったらもう少し住まいらしくリフォームしたら? こんなところに閉じ込められて、潤ちゃんが気の毒よ」
「あなたには関係ないだろう」
誠二郎はふてくされて俯いたまま、美代子の相変わらずのお節介を非難した。すると、かすかに暗鬱の気配を含む吐息の漏れる音が聞こえた。きつく言いすぎたかと思い顔を上げれば、熱く潤んだ眼差しに捕まる。
「……誠二郎くん」
その口から自分の名前を聞くのは久々だった。じっと見つめられ、戸惑い、誠二郎は息を呑む。
こうして無防備に言葉を交わすのはいつぶりか。長年寄り付かなかった故郷に帰り、仕事中や休憩時に美代子と顔を合わせても、無意識に心に壁を作り若旦那としての立場を保ちながら会話していた。今、女の色を濃くした瞳に縛られて、この視線を避けるように生きてきたのだと誠二郎は改めて実感する。